血管内治療が保険適応となる以前は、日本で下肢静脈瘤治療を保険で行おうとすると、悪くなった静脈を引き抜く「ストリッピング手術」しかありませんでした。
ストリッピング手術は皮膚を2箇所で切開することに加え、血管の周囲組織にもダメージを与えますので、術後の痛みや腫れが強いことが欠点でした。
このためほとんどの病院では入院しての治療であり、患者様にとっては治療へのハードルが非常に高かったのです。
しかし、2011年に下肢静脈瘤に対する血管内治療が保険適応となって以降、下肢静脈瘤治療の流れが劇的に変化しました。
血管内治療とは、逆流している静脈の中にカテーテルという細い棒(ファイバー)を通し、高周波(またはレーザー)で悪くなった静脈を塞いでしまう治療です。
皮膚を切らないため皮膚を縫う必要がなく、しかも血管の中だけですので、足へのダメージが非常に小さいことが最大の利点です。
全例日帰り手術で、術後も日常生活の制限がほとんどありませんので、日常生活のリズムを崩さずに治療を受けて頂くことが可能です。
ですから、下肢静脈瘤に対する血管内治療は現代医療の主流である「低侵襲治療(身体の負担が少ない治療)」と呼ばれるにふさわしい治療と言えるでしょう。
※当院では下肢静脈瘤の血管内治療に用いられる機器の中でも治療成績に優れており、レーザー治療よりも短時間で患者様の体への負担が少ない高周波機器(Closure FAST®)を用いています。「レーザー治療」も「高周波治療」もカテーテルを静脈内に挿入し血管の内部から焼灼するという点において同じ手技・方法であり、術後の痛みや腫れ、治療成績も同等です。
職人の技術と化する下肢静脈瘤の治療
わずか数㎜の血管へアプローチする
高周波治療ではまず下肢静脈瘤の原因となる静脈(伏在静脈)を針で穿刺し、その針の穴を通して静脈内に直径約1mmガイドワイヤーを挿入します。
このガイドワイヤーが入らないとカテーテルも挿入できず、手術を行うことができません。
血管のコブが大きいのだから簡単に針を刺せると思われるかもしれませんが、下肢静脈瘤ではコブに直接アプローチするわけではありません。
そこより上流で、逆流してしまっている静脈にアプローチするのです。
わずか直径数mmの静脈に1mmのワイヤーを通すのは非常に高度な技術が要求されます。
しかも皮膚を切開しないため静脈を直接見ることはできませんので、穿刺はエコー(超音波)検査機器を使って体表から見えない深部で手術器具を操作する特殊な技術が必要です。
コンマ数秒の時間が結果を左右する
無事血管にガイドワイヤーを挿入できたら、ガイドワイヤーに沿って今度は直径約2mmのカテーテル(プラスチック製の細い棒のような形状)を挿入します。
カテーテルは先端6.5cmだけ熱を発生する構造になっていますので、その熱で静脈壁を血管内部から焼灼し、これにより静脈がふさがり逆流が止まります。
ほとんどの症例で焼灼する静脈の全長は6.5cmより長いので、カテーテルの位置をずらしながら焼灼していきます。
焼灼の際、高周波機器の本体部ではカテーテルの「温度」、「熱発生時間」および「高周波出力」の3つが表示されます。
この3つのパラメーターを見ることで静脈が適切に焼けているかを判断できるのです。
焼くことで静脈の逆流は止まりますが、焼きすぎてはいけません。
過剰に焼灼すると様々な合併症が起こるからです。
静脈を必要以上に焼き過ぎることを過剰焼灼と言います。静脈壁は加熱時間が長くなればなるほど硬化します。
過剰焼灼により必要以上に硬化した静脈は、術後の太ももの“引きつれ”の原因となります。
また焼灼時間が長くなれば静脈周囲の神経や皮膚に余分な熱が加わり、神経損傷による術後のしびれや感覚障害、やけどによる皮膚の変色(色素沈着)が生じます。
このような合併症を回避するためにも過剰焼灼は必ず回避する必要があります。
しかし逆に焼灼時間が短すぎると「焼灼不足」という現象が起きます。焼灼不足になった場合、静脈が完全にふさがらないため、再発や再度疎通の原因となります。
この「過剰焼灼」と「焼灼不足」二つを避けるためには、”焼きすぎず、焼かなさすぎず”、の適切な焼灼時間の見極めが重要です。
この見極めは「静脈の太さ」や「静脈と皮膚の距離」、「瘤の有無や自覚症状」、「重症度」などの項目を考慮する必要があります。
ただ、項目ごとに焼灼時間が決まっているわけではなく、これらを念頭に入れた上で経験的に焼灼時間を決めます。
焼灼時間が1秒違うだけでも治療成績や合併症が異なります。適切な焼灼時間が見極められるようになるまで血管内治療を少なくとも1000例以上の経験しており、さらにその感覚を保つためには毎日継続的に手術を行っているという環境が必要と考えます。
焼灼中の圧迫も重要
高周波機器ではカテーテル先端の発熱部分が静脈壁に完全に接触することで静脈壁が十分に焼灼されます。
そのために焼灼中は焼灼部位を皮膚の上からしっかり圧迫する必要があります。
人間の脚の表面は平面ではなく、必ずカーブや曲面がありますので圧迫が不均等になりがちです。圧迫が不均等になると焼灼が不十分になる部分がでてきます。焼灼が不十分な部分は静脈壁が再生していまい、再度逆流が生じてしまいます(再疎通)。このため、圧迫する際は太もものカーブを考えてカテーテルに均等に力がかかるよう注意しなければなりません。この均等な圧迫により、静脈全長にわたって均一な焼灼が可能となります。
皮膚熱傷を確実に回避するために
過剰焼灼を避けるためには高周波出力の低下を確認することが大切ですが、もうひとつ重要な指標があります。
それは「焼灼中に皮膚の温度が上がらないかを指で確認すること」です。
皮膚の色素沈着は焼灼による熱傷(やけど)が原因ですので、焼灼中に皮膚の温度が上がらないことが熱傷を避ける最も確実な目安になります。
ほとんどの場合、高周波出力を目安にして焼灼時間を決めても問題ないのですが、まれに高周波出力では焼灼できていないように表示されるのに、皮膚の温度が上がり実際は過剰焼灼になっている場合があります。
こういったリスクを考え、焼灼中は指先で常に皮膚の温度をチェックしています。
焼灼部位を正しく決定する
焼灼の際に用いる高周波カテーテルは膝の内がわ付近から静脈に挿入し、足の付け根に向かって進めていきます。
その際、カテーテルの先端をどの位置で止めるかで術後の再発率や術後合併症の発生率が変わります。
先端が手前すぎると焼灼長さが不十分になり再発しやすくなりますし、奥に進めすぎると深部静脈血栓症という重大な合併症が生じる可能性が高まります。
先端の位置はエコーで確認するのですが、足の付け根には動脈、静脈、神経組織が入り組んだ複雑な構造をしているため、エコー技術に熟練していないと、先端を至適位置をうまく描出できないのです。
「麻酔のための麻酔」で無痛手術を目指す
通常、高周波治療は足に部分的に行う局所麻酔で行います。局所麻酔をしてしまえば痛みを感じなくなるのですが、実は局所麻酔が痛みを伴うのです。歯を抜くための麻酔をイメージして頂くとよいかと思います。歯を抜くときは痛くなくても麻酔が痛いですよね。しかし、当院では局所麻酔による痛みも感じないように、“局所麻酔で痛みを感じないための麻酔”を行います。当院では局所麻酔の直前に、点滴から眠くなる麻酔を投与し2~3分程お眠り頂いています。その間に局所麻酔をしてしまうため、局所麻酔によって痛みを感じることがありません。ただし、静脈麻酔に抵抗がある方は局所麻酔だけでも手術可能ですので、遠慮なくお申し出ください。
カテーテル手術ではこの2つの麻酔に加えて、焼灼する静脈の周囲にも特殊な麻酔を行います。この麻酔をTLA麻酔※と言います。TLA麻酔は皮膚の表面に行う局所麻酔と異なり、焼灼時に静脈周囲に熱傷、いわゆる「やけど」が起こらないようにする麻酔です。静脈周囲には神経や血管、皮膚などがあるため、それらがやけどを起こすと痛みや術後のしびれ、皮膚のやけどが起こってしまいます。ですので静脈瘤手術においては非常なに重要な工程となります。この麻酔は正確に静脈周囲に行う必要があるため、エコーで静脈と注入する針の位置関係を確認しながら行います。エコーテクニックが不十分だと手術時間が不要に長引くことに加えて、正確な場所に注入できていないと焼灼中に周囲組織のやけどが生じ、先ほど述べた合併症が生じるリスクが高まります。こういった技術に習熟していることはもちろん必要ですが、当院では“イリゲーターポンプ”というTLA麻酔専用の器具を導入して、よりスムーズで痛みのない麻酔を実現しております。
※ Tumecent local anesthesiaの略 日本語では低濃度大量膨潤麻酔法
膝や股関節が曲げにくい方、人工関節の方にも十分な配慮をしています。
下肢静脈瘤の治療をお受けになる方の中には、膝や股関節の曲げ伸ばしが十分にできない方や人工関節をお受けになった方もいらっしゃいます。私は下肢静脈瘤を専門とする前は整形外科専門医、いわゆる関節の専門家でした。ですのでどういった角度が関節にとって負担がないか、どの姿勢だと楽に手術を受けて頂けるかを十分に熟知しております。「股関節や膝が硬い」「人工関節を受けたことがある」そういった患者様にも安心して手術をお受け頂けます。
最後に
私たちが日々実感しているのは、下肢静脈瘤のみに特化し圧倒的に多くの下肢静脈瘤手術を経験するからこそ習得できる境地があるということです。
下肢静脈瘤に対する治療法はカテーテル治療やストリッピングなど、数種類しかありませんので、1種類の手術を非常に多く経験することになります。
何千、何万件と下肢静脈瘤手術をしていると、もう技術的に向上する余地はないと思ってしますのですが、実は今でも執刀する度に新しい発見があります。
そういった発見をさらなる技術向上に変える、日々そのような思いで診療に向き合っています。
「神は細部に宿る」という言葉がありますが、手術において99.9%の工程ができても、残りの0.1%が治療の成否を分ける、そういった事例を多く経験しています。
最後の0.1%まで決して妥協しない治療、それこそが私たちの目指す治療です。
どうぞ安心して当院へお任せください。